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僕は関西で育ったので、山といえばみな常緑であった。戦後の住宅難から杉の植林が国策として進められたからだ。しかし、日本の再建を託された広大な杉の人工林は、今では花粉症の元凶としてずいぶん嫌われてしまった。戦後、安い外材が入ってからの林業の苦境と、それに伴って荒れていく山の実情については、みなさんもご存知のとおり。ひどい花粉症に悩まされている妻と娘は、車で杉林のちかくを通ると「ここには絶対に住めないね」と慌てて窓を閉める。知人の林業従事者は「杉は切るだけ赤字になるのが実際のところ」と嘆く。杉にとってはなんとも生き難い時代だ。
実は、杉は日本の固有種であり、学名は「クリプトメリア ジャポニカ」。日本各地に古くから親しまれてきた地域品種があり、柱や屋根の建材としてはもちろん、樽や曲物などの材料として日本人の暮らしを支えてきた。先日、出羽丘陵山系で産出される「西山杉」の山で、間伐作業を見学させてもらったが、きちんと手入れされた斜面は明るく風が通り、幹も堂々と張っていたが、放置された斜面はその真逆で暗くジメジメしており、樹々は細く曲がっていた。僕も含め地方で生活している人は、光り輝く大都市のほうをつい向いてしまうが、振り返れば真後ろには山があり、「子孫に役立てて欲しい」とご先祖たちが植えてくれた杉の森が泣いているのである。
だから、この列島を覆うかごとく林立する不憫な杉を利活用できれば、それは革命的なことで、そんなことは僕が言うまでもなく、官民一体となった杉利活用トライアルがあちこちではじまっている。ストーブやボイラーの燃料にするために間伐材で木質ペレットをつくるのはよく知られているが、あのペットフードのようなモノから、大江町で見た清々しい杉の森を思い浮かべることは難しい。問題は、杉が背負わされたネガティブ・イメージをどう払拭するか、である。
山形の天童木工では、圧密化で強度を増した杉材で、木目を活かしつつデザイン性の高い家具をつくる技術を開発し、順調に利益を上げていると聞いた。素晴らしいことだ。また、若い世代を中心に住宅の床材にあえて柔らかい杉の無垢材を選ぶ人が増えている。かくいう僕もその一人で、杉は柔らかく断熱効果があり、素足で生活したい人にはぴったりだ。生活のなかでつく傷や色や木目の経年変化も、家族がともに暮らした証として愛でていきたい。
「問題:ありあまる杉をどう活かし、生きていくか?」
この問いにもっとたくさんのデザインやテクノロジーが投じられていけば、日本中にある杉の森は、戦後の負の遺産ではなく、ほんとうの意味で豊かな自然として名誉回復するだろう。そのために僕にも何かやれることはないかと、考えはじめている。(産経新聞コラム「みちのおくへ」/2018年6月掲載)