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TAKENORI MIYAMOTO / Portfolio

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NOTE

ミロコマチコと移動する境目(さかいめ)

山形と秋田の山深い県境にある、山神のお堂を訪ねたときのこと。月のカタチにくり抜かれた取手に指を入れ、古い木戸を引きずるようにして開けると、初夏の陽光が暗い堂内に射し込み、その奥に累々と積み上げられた小さな木像たちを照らし出した。かつてこの里に男児が生まれるたび、山の女神に捧げられてきた形代である。木像の裏には、一つひとつ違う名と生年が書かれている。
こけしのように簡素に描かれたその顔から、彼ら一人ひとりの人生を読み取ることはできないが、かつてこの森と里との境に生まれ、働き、死んでいった男たちの命の重なりに圧倒され、しばし茫然と眺めていると、ふいに、背後から誰かに呼ばれたような気がした。
かしいだ木戸の隙間から、草に半ば埋もれた参道と、その向こうに初夏の里山が、芽吹きの季節が、輝いているのを見た。そのとき私は「あぁいま俺は、山神の目線、死者たちの目線から、人間の世界を覗いているのだ」と思った。
ミロコマチコの『あっちの耳、こっちの目』もまた、森と里の境で生まれたドキュメントである。6匹の獣が曳く箱には、外側は人間の目線から、内側は野生動物の目線から、2つの世界の出会いと交わりの物語が描かれている。
ミロコマチコが描く「目」はいつも少し恐ろしい。愛玩を拒絶する獣たちの燃えるような目に対して、人間たちの目に生気がないのはどうしてだろう。描かれた人々のアーモンド型の目は、私のなかで次第に、あの山の神の裳裾に積まれた木像たちの眼差しに近づいていく。

暗い森の縁に身を潜め、陽のあたる里をじっと眺めていた獣たちが、廃村・棄村を駆け、耕作放棄地を越えて、光と飽食に満ちた都市へと下りはじめている。獣たちの渡りを追うように、ミロコマチコの動物山車『あっちの目、こっちの耳』も、街から街へ旅をしてきた。まるで移動する山の神のお堂だ。その胎内から響く、人語を発する獣たちの物語は、野生と人間の新しい境目になる。

ミロコマチコの絵本『あっちの耳、こっちの目』新装版刊行(カノア刊)にあたり寄稿した解説文)