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NOTE

書評/『引き継ぐこと、伝えること』増田尚紀 著

夫婦で東京から山形に移住して間もない頃、著者の手によるティーポットに出会い買い求めた。ナツメ型のそれは、僕が抱いていた鉄瓶への近寄りがたいイメージを払拭するモダンな佇まいで、賃貸マンションの日常に馴染んだ。ポットの他にも、美しい錆色の花器や印鑑入れなど、増田さんの作品を次々に購入しては、新生活のアクセントとした。鉄鋳物の重厚感は甘くなりがちな子育て世代のテーブルまわりを引き締めてくれた。
僕は当時、東京や海外で学んできた現代アートを山形に根付かせようと四苦八苦していたから、モダンデザインと伝統工芸が見事に融合した増田さんの手仕事に励まされたのだった。そして今回、本書を読む機会を得て、静岡に生まれ、巨匠・芳武茂介の薫陶を受けた後、山形鋳物の世界に飛び込んだ若き日の増田さんもまた、日本最古といわれる鋳物産地の地縁血縁のなかで、悩みながら鋳金家としてのキャリアを築いてこられたことを知った。
「鋳心ノ工房」に結実した増田尚紀さんの鋳物作品の魅力は、本書タイトルのとおり、伝統を「引き継ぐ」職人としての確かな技量と、「伝える」ためのデザインセンスの2つを兼ね備えているところだ。本書で開示される増田さんの職人兼デザイナーとしての経験知は、継承の難しさに直面する数多の伝統的生業や、若いつくり手にとって頼もしい道標になるはずだ。
あとがきにあった、「私は文字の力を信じている/モノの背景にはいつも言葉がある」にも共感した。伝統を堅持するには、格式の上に胡座をかいた「無口で不機嫌な職人」では最早いけないのだ。技術や知恵を次世代に伝える言葉や態度を鍛えられなければならない。
本書を片手に、久しぶりに増田さんの工房を訪ねてみよう。伝統と革新が交差し、職人たちが切磋琢磨技する銅町の素晴らしさを享受しよう。それもまた、「つくり手が自ら語る・書く」ことによってひらかれた、新たな有縁の可能性である。
(山形新聞/2014年12月掲載)